PMP試験部会
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ハイテクベンチャー、今そこにある危機

清水 康太郎 [プロフィール] :9月号

 一概にベンチャーと言っても規模や業種は様々である。筆者が特に危機意識を持っているのがハイテク(研究開発型)ベンチャーにおけるプロジェクトマネジメントの欠如である。ハイテクベンチャーとは革新的な技術やサービスを軸として経営を展開する中小企業であり、大学等の研究機関からスピンアウトした企業も含まれる。ハイテクベンチャーがIPO(新規株式公開)するまでの流れを例示すると、①知的財産権等の自社技術の独占化、②ベンチャーキャピタルやエンジェル等からの資金調達、③社外も含めた開発体制や販売体制等の組織の構築、④プロジェクトの完遂、製品・サービスの上市、⑤安定した収益の確保、⑥IPOである。
 では、どのくらいの数のベンチャーがIPOまで至るのか? 平成20年度経済産業省「大学発ベンチャーに関する基礎調査」※1) によると、平成20 年3 月時点で設立された大学発ベンチャーの数は合計で 2,121 社、そのうちIPOを行なった企業は24 社である。その確率はわずか1%である。この数字は高校の野球部が夏の甲子園に出場できる確率とほぼ同じである(甲子園を目指す高校の数:約4,000校、甲子園に出場できる高校の数:49校)。
 ベンチャーの成功確率が低いことはイメージ通りだと思うが、次に失敗する原因は何なのか? という疑問が湧いてくる。この疑問についても、経済産業省の「ベンチャー企業の経営危機データベース ~83社に学ぶつまずきの教訓~」※2) にベンチャー企業を対象にヒアリングを行なった統計結果があった。失敗の原因を見ると、研究開発・技術開発の遅れ、コスト意識の低さ 高コスト体質、営業力の弱さ、市場環境の悪化、経営管理能力の欠如、組織の機能不全、商品・マーケティング戦略ミス、社長の人的問題、資金繰りの悪化、設備投資の負担等が挙げられている。

 アーリーステージのベンチャーの多くは、複数のプロジェクトを同時進行できる程十分なリソースを持っていない。そのため、自社のコアコンピタンスを基に複数のビジネス展開を考えるが、高い成功確率や早期の収益化が狙える単一プロジェクトを優先して開始する。すなわち、将来的なポートフォリオやプログラムという上位概念の戦略やイメージを持っているが、実行できるのは単一のプロジェクトである(バイオベンチャーでは、一般的にプロジェクト期間が長いため、初期プロジェクトの失敗は致命的である)。
 それにも関わらず、ハイテクベンチャーの多くは技術の発明者が経営者として技術戦略を立て、実務を行なうメンバーを集め、プロジェクトを指揮している。マネジメント機能が不在のままプロジェクトが進行しているのである。筆者はこのような状況を多く見てきており、プロジェクトマネジメントの欠如によりベンチャーが陥りやすい負のスパイラルについて事例で説明し、プロジェクトマネジメントの必要性について言及する。

負のスパイラル
負のスパイラル

 上図は、ハイテクベンチャーが陥りやすい負のスパイラルである(これは筆者が実感しているベンチャーの問題を図にしたものであるが、これが全てではない)。具体的な事例を一つ挙げる。

 人的資源マネジメントに関する事例である。一般的にプロジェクトの失敗原因は、80~90%が人的ミスやコミュニケーション不足に起因していると言われている。それに加え、ベンチャーでは離職率が高いという特有の問題がある。あるハイテクベンチャーでは、約20名のメンバーがプロジェクトに参画していたが、年間に半数以上が入れ替わっていた。その原因は、マネジメントが不在でトップの強烈なリーダーシップだけが発揮され、社内はカオス(混乱)状態になっていたのである(一方、リーダーシップが不在でマネジメントのみが突出すると官僚主義になるのでベンチャーには不向きである)。プロジェクトメンバーの離職率が高いと、メンバーの新規雇用や教育に対して時間を要した⇒(その結果)プロジェクト終了時期が遅延した⇒(プロジェクト終了時期の遅延は間接経費等の増加により)プロジェクト資金が不足した⇒(会社の資金が不足すると)自社の将来性が不安になるメンバーのさらなる離職を促進させた。その結果、①⇒②⇒③⇒①という負のスパイラルから抜けられず、絶えず資金調達を行なわなければならない状況に陥った。
 ベンチャーに限らず製造業でも人材の流出は、技術力や品質の低下を引き起こす原因として知られている。コアメンバーが離職すると、(技術ノウハウが継承できない場合)品質の低下につながる⇒(品質が悪いと)製品が売れなく、資金不足になる⇒(会社の資金が不足すると)人員を削減する、という①⇒④⇒③⇒①の負のスパイラルが生じる。さらに、ハイテクベンチャーではプロジェクトの指揮者=経営者であることが多いため、資金不足の時には経営者は資金調達に尽力しなければならない。すなわち、資金調達の間はプロジェクトスケジュールにも影響を及ぼすのである(⑤⇒②)。
 資金調達という言葉が出たので余談になるが、ハイテクベンチャーの資金調達方法の一つに、競争的資金の獲得がある。競争的資金で有名なのは、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)である。平成20年5月30日独立行政法人評価委員会産業技術分科会新エネルギー・産業技術総合開発機構部会(第14回)の配付資料※3) によると、主にベンチャーや中小企業を対象とするイノベーション助成事業の実用化達成率は22%(47件/213件)であった。この統計からは実用化未達成=プロジェクトの失敗かどうかは分からないが、我々の税金を資金源としている以上、少しでもプロジェクトの成功確率を上げるために、助成元はベンチャーに対してプロジェクトマネジメントを徹底させて欲しいものである(平成19年度では産業技術研究助成事業と大学発事業創出実用化研究開発事業で約90億円もの予算を執行しているのだから・・・)。

 最後に、筆者はステークホルダーの期待に応えられるだけのベンチャーが増えて欲しいと思っている。プロジェクトの成功確率を向上させるための提言として、ハイテクベンチャーの経営者は、プロジェクトマネジメントのスキルや経験を有するプロジェクトマネジャーを組織構成に含めるか、少なくとも経営者がプロジェクトマネジメントに対する理解や知識を身に付けるべきである。(ただし、ベンチャーにPMBOK®の管理プロセスを全て導入することは、意思決定のスピード欠如や管理工数の負荷等の理由から好ましくない。自社の企業規模や組織構成に基づき、PMBOK®の中から有用な部分を使用すれば良い。)

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