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「不確実性とITプロジェクト (2)」

河合 一夫:12月号

 先回から不確実性とITプロジェクトに関して,日頃考えていることをまとめようと思っている.もともと,ITプロジェクトにおける常識・非常識を考える中で,ITプロジェクトに潜む「不確実性」を関係者間で共有することの必要性を考えた.ITプロジェクトの不確実性を考える際,要件,見積,計画,技術,組織の5つの要素に潜む不確実性を考えること,不確実性が要件の定義で種をまかれ,ITプロジェクトを実施する組織を温床として芽を出し,具体的な技術を適用する構築段階で花を咲かす.今回は,要件に関する不確実性について考える.
 要件定義の難しさ,要件定義におけるプロジェクトの失敗を説明する有名な図に以下がある.
How Projects Really Work

この図は,顧客の望む要求が正確に伝わらない様子を示しており,要件の抽出や表現における手法を説明する際に頻繁に引合に出される.これは,顧客は正確に要求を伝えることはできないが,何らかの要求を認識していることを前提としている.システム構築者は何らかの手段を使って,その要件を抽出し適切に表現をすべきである,というのがITプロジェクトの常識的な考えとなる.しかし,これを不確実性からみた場合,どうなるかを考えてみたい.
 顧客の要求も,その元を辿れば別の要求を具現化したものである.例えば,ビジネスや業務を遂行する上での要求である.上の図では,顧客は3段のブランコを要求しているが,その要求の元は別にあるはずである(絵にはそれが描かれていない).顧客の要求の元となっている要求も変化しないものはなく,常に変わり続けている.
 社会の複雑性が増している現在において,未来は過去の繰り返しではなく,そのときどきの意思決定によって可能性が変化する.社会学者二クラス・ルーマンは,「何が起こるか確定していないとき,そしてまたその限りにおいてのみ,人は決定を下すことがでる」(山口節郎,現代社会のゆらぎとリスク,pp.164-166,新曜社,2002)と述べている.このことをITプロジェクトに対して私流に解釈すれば次のようになる.常に変化し揺らいでいる社会の要求を,そのときどきの意思決定によって実現するのがITプロジェクトであり,顧客が要求として認識した瞬間から,その要求は変化をはじめる.顧客はブランコが必要であると認識した時から,その元となった要求の変化(社会的変化)に縛られる.ブランコからすべり台になりシーソーに変わっていくのである.顧客要求の元となっている要求を認識しないITプロジェクトは,顧客が言うことに振り回されてしまう.前回のWynneの無知や非決定性の不確実性に振り回されることになる.即ち,要求の元となっている要求が何であるのかがわかれば,その不確実性をプロジェクト・リスク・マネジメントにより管理可能になる(可能性がある).
 顧客の要件の変化は,これまでにも,さまざまな形で述べられてきた.例えば,ワッツ・ハンフリーは,「要件は,ユーザが最終製品を使うまでは完全には理解されないでしょう.彼らの要求や要件が変わるように,そのときはユーザの仕事が変わっているかもしれません.したがって設計の本当の役割は,十分に定義されない問題に対して実行可能な解決策を作り出すことです.」(Watts S. Humphrey,“PSPガイドブック,ソフトウェアエンジニア自己改善”,p.263,翔泳社,2007)と述べている.このこと自体はITプロジェクトの常識であると思う.
 プロジェクトのマネジメントは,変化をマネジメントすることでもあるが,顧客要件の変化を起こしている元の要求の変化にこそITプロジェクトは目を向けるべきである.ITプロジェクトが顧客の顔ではなく,その先にある社会に目を向けることでプロジェクトのあり方が変わってくるように思う.それこそが,ITプロジェクトにおける新たな常識となるのではないかと考えている.
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