〜ソフトウェア技術者が働きやすい作業場所とは?〜
楠木(くすのき):10月号
みなさんは、会社で自分が集中したい時に集中できていますか?その一方で、話し合いたい時に十分話し合える場所がありますか?ソフトウェア技術者には、「一人で集中できる環境」と「みんなで議論できる環境」の、相反する二つの環境が必要なのです。
一人で集中できる環境とは?
なぜ一人で集中できる環境が必要でしょうか?ソフトウェア技術者に限らないと思いますが、「考えること」が必要だからです。考える作業は、明らかに一人の作業です。考えなければモノができません。モノを作るためにも、考えることが必要です。もっと言うと、その時たまたま気が散っていても、そこに行けば集中できるという環境があれば、さらに良いわけです。やらなければならないことを、たんたんとこなすことができるようになり、結局生産性が高くなるのです。
作業場所の現状はどうでしょうか?日本では、大部屋に平机が島ごとに固められ、顔をあげると前の人が目に入るような机の配置で仕事をしている人が多いのではないでしょうか?電話がひっきりなしになったり、周りで話し声が頻繁にしたり、周りの人の体の動きが目に入ったり、ぶつかったり・・・。とても一人で集中できる状況ではないと思われます。
午後に23回の電話!
私は金曜日の午後に、ある部門に電話がかかってくる回数を計測したことがあります。1時間平均で23回もありました。その度に、「誰々さん、電話ですよー!」と、大部屋に大声が響き、とても集中できる環境ではありません。「いったん切れた集中を取り戻すためには15分かかる」と、何かの本に書かれてありましたが、23回もあると集中できる状態ではないです。もしかすると、締め切り前のハイテンションでキレかかっているは、そのような状況でも集中できるかもしれません。でも、ある意味それは異常状態であり、そんなに長く続けられるとは思えません。メンタル面にも悪い影響がありそうです。家庭ではお子さんに部屋を与えて勉強させることが多いと思いますが、どうして部下には場所を与えて仕事をさせないのでしょうか?
一人で考える環境を提供することは、欧米では一般的なようです。背の高いパーティションで部屋を区切って、個室に近い環境を作ったり、4人部屋に近い環境を作ったりしています。私は1998年にインドのソフトウェアハウスを9社、調査に行きましたが、平机が並んでいるような環境は1社もありませんでした。皆、パーティションを設置し、一人一人が集中できるような環境を作っていました(停電は頻繁にありましたが・・・)。電話に関しては、日本でも携帯を一人1台配布して、他人に電話を回すことを極力減らそうとしている会社もあります。
みんなで議論できる環境も!
お気づきのとおり、ソフトウェア技術者は、一人で考えることだけが作業ではありません。「ソフトウェア技術者の一人作業は全体の30%ぐらいで、残り70%は二人以上の作業時間である」と言われています。確かに、何人かでレビューをしたり、設計を検討したり、進捗管理をしたりというチームワーク活動は、ソフトウェア技術者にとって必須です。つまり、チームとして集中して対話できる、話し合いが出来る環境が必要なわけです。
現状はどうでしょうか?大部屋の隅の方で集まったり、本人の席の横でレビューしたりすることが多くありませんか?大声になってしまい、他の人の集中のじゃまをしてしまったり、周りがうるさいために声が聞こえず、思わず進捗が分からなかったりしたことはありませんか?ピアレビューする場所がないために、レビューをしにくくなったという話も聞いたことがあります。これではISO9001の認証は取得できません。きちんと作業環境を提供できていないと言えますね。
具体的な施策事例としては、作業場所の周りに小部屋を設置する、ある大部屋を小分けの小部屋群にしてレビュー用に準備しているなどの組織を見たことがあります。スペースに限りがあるので、なかなか簡単にはいかないところがこの問題の難しいところですが。
反論もあります
パーティションが高い環境について、反対する意見を聞くことがあります。朝夕の挨拶がしにくい、誰が何をしているのかよく分からないため管理ができない、情報共有がしにくい、なんとなくしゃべっている声を聞くことで解決することが多いはずだ、Webを使えば集まる必要はない、階段や廊下でもレビューはできるはずだ、やる気がないだけだ、などです。みなさんもそう思いますか?
解決方法はいろいろあります。例えば、作業場所はオープンスペースと定義してみんなと話せる机の配置にし、一人で集中する必要がある時には別場所のブースを使うという会社もあります。
挨拶や情報共有は非常に大事です。しかしそのことと、「一人で集中できる環境」と「みんなで議論できる環境」を両立させることとは、別次元の問題です。廊下や会議で人と会ったら「しっかり挨拶、しっかり議論」、メールや口頭では「こまめな報連相(編集部注:ほうれんそう、報告・連絡・相談の頭文字をとったもの。ビジネスパーソンの必須アクションといわれている)」を実践すれば良いわけです。それは、つまり、“しつけ”の問題です。高い生産性のための「集中できる環境」があるからこそ、逆に挨拶や情報共有の必要性を強調すれば良いのです。
やっぱり作業環境は大事!
社会人になると、会社で過ごす時間が長くなります。プロジェクトで他社に派遣され、別環境で活動しなければならないこともあるでしょう。逆に他社の人に自社にきてもらって、働いてもらう場合もあります。どんな場合でも、高いモティベーションを持っている人は高い生産性で働きたいと思っています。その時に、会社が「一人で集中できる環境」と「みんなで議論できる環境」の両方を提供するだけで良いわけです。難しいことではありません。「ソフトウェアは夜作られる」とよく言われますが、その理由をもう一度考えてみましょう。なぜレビューが行われずにバグが出荷直前になって発覚し、納期が延びてしまうのか、もう一度考えてみましょう。もちろん環境だけではありません。しかし環境も重要な1つの要因です。
先人の知恵から
実は作業場所の環境についてのこれまでの議論は、ソフトウェアエンジニアリング三大古典(私の勝手な命名ですが)の1つ、デマルコの「ピープルウエア」の受け売りです(ちなみに2つめは、ワインバーグの「プログラミングの心理学」、3つめはブルックスの「人月の神話」です。それぞれ新版が発行され、入手しやすくなりました)。この本の第2部に「オフィス環境と生産性」としてまとめられています。この本の初版は80年代後半ですから、もう20年近く前にすでに言及されていたということですね。多分インドの執務環境はこの本の影響が強く出ていると思いました。
日本は学ばないのかも?
参考文献(書名をクリックするとAmazonに飛びます)
トム・デマルコ『ピープルウエア 第2版 - ヤル気こそプロジェクト成功の鍵』 日経BP社 第2版版 (2001/11/26)
ジェラルド・M・ワインバーグ『プログラミングの心理学―または、ハイテクノロジーの人間学』 技術評論社 (1994/11)
フレデリック・P, Jr. ブルックスブルックス『人月の神話―狼人間を撃つ銀の弾はない』 ピアソンエデュケーション 新装版 (2002/11)
編集者コーナー
このコーナー編集担当者二人のつぶやきです。
はなみずき(以下「は」)「きましたね!プロジェクト環境!!」
もくせいそう(以下「も」)「いやー、さすが、テンション高いねぇ」
は:「そうそう。もー、くすのきさんったら、熱いよね。デマルコさんの話をさせたら、一晩中ずっと熱く語ってくれますよー。」
も:「デマルコさんもダンディだけど、くすのきさんもダンディやね。」
は:「えーっ?どこが、どこが?」
も:「ほら、この原稿仕上げるのに、何回かメールやり取りしたやん?こっちが重箱の隅をつつくような細かい注文を出しても、ウザがらずに、いつも丁寧な返事くれたやん。」
は:「そうだったね!落ち着いてて温厚なのに、ここぞ、というときにはホット!まさに、“一人で集中”と“熱く議論”を両立してるって感じ?」
も:「おっ、さすがー。うまくまとめたね。これだけ持ち上げておけば、次に会った時、ケーキでもご馳走してくれるかな!?笑」
は:「こらこら、調子に乗らないの。笑。さて、次回はフレッシュな新人、“菜の花さん”からの投稿です。この方は、若くしてPSに目覚めちゃったんですよねー。」
も:「そうそう!きっかけは大学でのゼミ研究だったけど、気が付いたらPS研究会のメンバーになっちゃってたんだよね。」
は:「社会人になって、何を考えているかな?楽しみです!」
■ 著者:楠木(くすのき:ペンネーム)
PS研究会メンバー。総合電器メーカーでソフトウェアプロセス改善に従事。なかなか活動が広まらないという悩みから「普及と啓蒙」に興味を持つ。昨年からMOT社会人コースに入学、久々のウキウキ学生気分だったが、最近レポートに追われて泣いている。
■ 編集チーム:花水木(はなみずき:ペンネーム)
IT企業の技術職で、現在もソフトウェア開発のプロジェクトチームに参加中。プロジェクトという閉ざされた空間で、いかに個人が幸せに過ごすかを追求している。PS研究会メンバーであり、当コラムの編集チーム。
■ 編集チーム:木犀草(もくせいそう:ペンネーム)
東京に転勤して6年以上経つのに関西弁が抜けないPS研究会メンバー。キャリア形成をメインテーマに研究活動中。木犀草の花言葉は「陽気、快活」、語源が「苦痛を消し去る」。プロジェクトをサポートする木犀草になれたらなと思っています。当コラムの編集チーム。
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■ PS研究会について:PS研究会は、財団法人日本科学技術連盟のソフトウェア生産管理(SPC:Software Production Control)研究会のひとつで、2002年から動機付け(モティベーション)に関する研究を続けています。2003年から、PMAJ(旧:JPMF)のIT-SIGのひとつ「パートナー満足と人材活用(PS&HM)ワーキンググループ」としても活動しています。詳しい紹介はこの連載の第1回目をご覧ください。
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第1回目 〜このコーナーのご紹介〜
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